【台湾の臨床仏教(下)】産経新聞に掲載されました
「穏やかな最期の時を導くには」
台湾の医師と僧侶の求めに応じ、日本の臨床宗教師について講義する東北大の鈴木岩弓・総長特命教授(右)。患者の苦悩を和らげる宗教者を養成する日本の仕組みに対し、台湾の医師から称賛の声が上がった=2018年1月、台北市の台湾大付属病院(小野木康雄撮影)
台湾で仏教緩和ケアに携わる医師や僧侶たちは、視察に訪れた日本の医療・宗教関係者から逆に日本の実情を知りたがった。
日本の人材育成を称賛
視察団のメンバーに、東北大の鈴木岩弓・総長特命教授(死生学)がいた。日本の医療現場などでがん患者らを支える宗教者の専門職「臨床宗教師」の制度設計に当たった宗教学者だ。台湾大付属病院(台北市)では、医師や僧侶らの求めに応じ、昼食を取りながら即席の講義を行った。
日本の臨床宗教師は、東日本大震災をきっかけに発生翌年の2012年に誕生した。一度に大勢が亡くなる過酷な現場に直面した宗教者たちが、宗教の違いを超えて犠牲者を追悼し遺族に寄り添ったことで結束を強め、医療現場を含む社会全体へと活動を広げた。
台湾では、台大病院の呼びかけで00年に「臨床仏教宗教師」の養成が始まったものの、キリスト教精神に支えられてきたホスピスの伝統に仏教精神を取り入れる挑戦は、道半ばだ。
鈴木教授の講義を聴いた台大病院の医師、蔡兆勲(さい・ちょうくん)主任は「日本が発展するスピードは台湾より早い。特に大学と協力して人材育成ができている点がすばらしい」と称賛した。
「助念室」、民間信仰に配慮
臨床宗教師の養成は東北大で始まって龍谷大などに広がり、現在は8大学・機関で行われている。一方、台湾では「仏教系の大学と連携が始まったばかりだ」と、蔡主任は明かした。
臨床仏教宗教師の尼僧、満祥法師(54)は「患者が仏教徒でない場合にどうケアするかが台湾の課題」と語った。患者や家族には「布教が目的ではないか」と疑う人や、逆に「祈りの儀式をしてほしい」と頼む人がおり、専門僧侶の役割が理解されていないと感じることがあるという。
ただ台湾社会には仏教と儒教、道教が混じった民間信仰が浸透しており、そこに配慮しないとケアが成立しないという事情もある。
一例が「助念」。死者の霊を混乱させないためとして、死後8時間は遺体を動かさずに念仏を唱え続けるという風習だ。台大病院はこの時間を遺族の喪失感や悲しみを表に出すグリーフ(悲嘆)ケアに役立てようと、仏像や絵像を安置した専用の助念室を地下に設けている。
看護師から僧侶に
「善終」という独特の死生観もケアに影響する。
台湾出身で立命館大衣笠総合研究機構の鍾宜錚(ジョン・イジュン)専門研究員(倫理学)によると、善終は「よい死」の意味。故郷や自宅で死を迎えないと先祖に会えないと考えられているため、入院治療していても、回復の見込みがなくなると退院する患者が多いという。
だからこそ、在宅で緩和ケアを受ける患者の元に僧侶を派遣する「大悲学苑(だいひがくえん)」(台北市)へのニーズがあるともいえる。
高野山真言宗の尼僧で臨床宗教師の玉置妙憂(たまおき・みょうゆう)さん(53)=東京都江戸川区=は3年前に初めて大悲学苑を訪れて以来、日本にノウハウを持ち込みたいと模索し、今回の視察研修を企画した。
看護師でもある玉置さんは、医療だけでは患者のケアに限界があると感じて出家した。剃髪し、僧侶と分かる見た目でベッドサイドに座ると、患者の語る内容は明らかに看護師との会話とは異なったという。
無宗教といわれる日本人でも、患者は無意識のうちに僧侶に何かを期待する。そんな実感を持つ玉置さんは、こう願っている。
「日本と台湾の仏教緩和ケアが刺激し合い、互いに発展できれば」
(小野木康雄)
産経新聞より抜粋2018.8.22